2012年12月27日

アメリカの旅〜The Grand Circle@〜

 Grand Circle という地名があるわけではない。Grand Canyon, Zion,Bryce Canyon,Arches,Antelope Canyon、Monument Valleyなどを含む、ユタ州とアリゾナ州にまたがる 半径230km内の景勝地の総称らしい。grand.jpg

Las Vegasから 一路 ルート15を北上する。この道は、景色がよく道もよく整備され快適だ。

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いよいよZion国立公園に向かうルートの景色は 神々しさえ感じる。

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ゲートに到着。年間パスが威力を発揮する。

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四方を岩山に囲まれ、その不思議な自然造形は、「岩の芸術」とも言われている。

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随所にトレイルコースが設けらえているが、どのコースもすこし上級者向きとみた。

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この場所には いつまでもたたずんでいたい。でも 渓谷の夕闇は早い。

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こんな場所でも、車に興じるバカはいるものだ!?

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2012年12月19日

アメリカから見た日本C~大東亜会議~

 数十倍の工業力の差に対して負けるとわかっていた戦争に突入していった太平洋戦争。なぜなのかを考える前に、この戦争に対する現代の解釈を整理しておきたい。 
@日本の侵略戦争、民主主義対ファシズムの戦い
東京裁判史観ともよばれ、私が子供の時から、先生や親、マスコミに刷り込まれてきた「日本は 大変な間違いを犯してしまった国。狂信的な悪い国である。」だから ご迷惑をかけた国に対しては謝らなくてはならないし、戦争相手のアメリカの言うことは常に正しく、ゆえに言うことをきかないといけない。日本は、朝鮮半島や台湾を併合し、満州や中国を侵略し、インドシナ、フィリピン、インドネシアに侵攻蹂躙した。また ナチスドイツやファシスト党(イタリア)と軍事同盟を結び、世界の民主主義国家を相手に枢軸国(自分たちだけが中心だとして)の世界征服戦争に乗り出した。非人道的な、南京大虐殺や人体実験を繰り返した731細菌兵器部隊、国際法無視の捕虜虐待や従軍慰安婦問題などいまだに解決していない問題も指摘されている。特に米・英・オランダとの戦争は、真珠湾奇襲攻撃というだまし討ちで始まり、特に米国民の怒りを買う。それまで モンロー主義による中立的立場であったアメリカを連合国側に参戦させ、この世界大戦の行く末を決定させた。日本の戦争指導は政治指導者層により独裁的に行われ、結果、国民を窮地にたたせる。米国による大規模な空襲や原爆投下、ソ連の参戦により、やっとポツダム宣言を受諾して無条件降伏する。戦争指導者たちは、東京裁判で戦争犯罪にとわれ、全員有罪、7人が死刑となる。終戦後、マッカーサー元帥の進駐により「まちがった」日本人は再教育され、憲法9条(戦争放棄)を中心とした平和憲法により平和国家としてよみがえった。

A日本の自存自衛のための戦争
アジア太平洋地域の植民地化を進めてきた欧米にとっての最後ターゲットは日本となった。有色人種で唯一植民地とならず(理由のあるタイを除く)、日露戦争では、強敵ロシアにも勝った日本は、白人にとっては許せない存在だった。満州を傀儡政権とした日本に対して、国際連盟は日本の主張を認めなかった。そこには有色人種に対する偏見が色濃くにじんでいた。日本は、国際連盟を脱退して国際的孤立を強めていく。アメリカ、イギリス、中国、オランダのABCD包囲網による経済封鎖により、資源のない日本はどんどん窮地に追いやられる。頼みの綱のアメリカも最後に石油禁輸に踏み切りる。日本は、日米交渉において、ぎりぎりまで譲歩する。近衛文麿総理は、ルーズベルト大統領に親書を送り、日米首脳会談を申し入れるも無視される。最後には、それまでの日米交渉を全く無視した、 満州・中国(汪兆銘政権)の否認や中国・仏印からの撤兵、三国同盟の白紙撤回を申し付ける米国側ハルノートが実質的な米国側最後通牒(宣戦布告)になり、やむなく自衛戦争に突入する。
初戦時点での講和に失敗し、泥沼化した戦争は、南方諸島での敗退、フィリピン、沖縄戦の敗退、本土の大規模空襲、原爆投下、ソ連参戦など相次ぐ大量虐殺に無条件降伏をやむなく受け入れる。ちなみに 開戦直後から連合国側は、終戦後の日本の処理を巡って会議を重ねている。日本の敗戦後、その支配下にあった国々の多くが共産化し朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン戦争など東西冷戦代理戦争が続く。マッカーサーは、朝鮮戦争において北朝鮮軍(中国軍)と戦い、中国に原爆を投下するようにルーズベルトに進言し更迭される。東西冷戦の激化、朝鮮戦争の勃発により、米国の日本支配目的は180度の転換をみせ、日本の再軍備、日本の不沈空母化を促進し、日本は共産主義の防波堤となるため国力増強、経済成長をなしとげることでその国際的地位を確保できた。米国との同盟関係を結ぶことで見かけ上の独立を保ってはいるが、いまだに米国の核の傘の下、不平等な条約にもあまんじている。

Bアジア植民地の解放のための戦争
「大東亜会議」(昭和18年11月)の理念に代表される、アジア植民地支配400年におよぶ苦渋からの解放、そのための戦争。当初 満州、朝鮮半島に限定されていた共栄圏はその後中国、インドシナ、南方、インドへと拡大してく。当初 石原莞爾らが中心となって作り上げたこの東亜共栄圏思想は、満州で現実化され、太平洋戦争開戦後は、「戦争の大義」ということで重光葵が拡大提唱し東条英機が盛んに宣伝する。「大東亜会議」そのものは、戦後、「日本の傀儡政権による茶番劇」として、一笑に付され、教科書にも載らなかった。近年、日本での国論の右傾化に伴って再度見直しがかかっている。現実的に、大東亜会議への参加各国や東南アジア諸国は、戦後、紆余曲折はあるにせよ宗主国からの独立を果たせている。日本が統治していた朝鮮半島 台湾 満州などには、内地と同じ義務教育がなされ教育が浸透し、欧米がなした「愚民化政策」とは一線を画していることも近年強調されている。また 「アジアが独立できたのは日本のおかげ」と言い切る有名人も内外に居られる。太平洋戦争後のインドネシア独立戦争のように旧日本軍兵士3000名がインドネシア独立軍と伴に、 オランダ軍と戦った事実もある。現実的には、統一した占領政策・アジア開放政策が日本にあったわけではなく、地域ごと国ごとにおいてそのやり方はばらばらだったようだ。ここのくだりは次回より深く掘り下げてみたい。

これら 三つの歴史観は、それぞれそれを裏付ける史実を伴っており、いまだに日本の世論、アジアの世論の中心的議題となることが多い。やはり 過去の歴史を知ることは現在を知ることにつながっている。
posted by Kogame3 at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史認識

2012年12月17日

カリフォルニアに飛んで来たスペースシャトル

ある秋の日、カリフォルニアの青い空にスペースシャトルが飛来した。ジャンボ機に背負われて、カリフォルニアの名所を遊覧飛行した後、Los Angels空港から空軍展示場に陸路を運ばれる。街中をぎりぎり引き回されるその姿はどこか祇園祭の山鉾巡行を思い出してしまう。
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展示場入口には ステルス偵察機が展示してあり、ちょっとびっくりする。

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あの 毛利さんも乗った「エンデバー号」が手に届くところに展示してある。

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アメリカの子供たちはまじかでこのようなものが見れて幸せだ。「自分も大きくなったら宇宙飛行士になろう」って本気で思うのだろうな。
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私の子供の頃、月の映像をうちの白黒テレビに放映してくれたアポロやジェミニの本物が展示してある。1968年のクリスマスの夜にジェミニから世界中の子供たちに「プレゼント」された月の映像。テレビにくぎづけになってみていた自分を思い出し感動ものだった。

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こちらは ロス五輪の会場。歴史を感じさせる。
posted by Kogame3 at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記