2012年10月28日

アメリカから見た日本@

私が 学生の頃 元日本軍に従軍した先生がたくさんおられて戦争のリアリティに満ちたお話しをたくさん聞かされました。近くに八日市陸軍飛行場があったため米軍の機銃射撃があり小学校の壁にその痕跡があったこと。高校の時には、学徒出陣されていた先生がおられ、日本軍の内務班のいじめのすごさを毎日聞かされました。日本は、とんでもない戦争をはじめ、そして当然のごとく負けた。それが、私の太平洋戦争観です。中国を侵略した日本。真珠湾で米軍に対しだまし討ちをやった日本。南京大虐殺をやった日本。上海無差別空襲をやった日本。細菌兵器731部隊の悪臭。従軍慰安婦問題。このことは、中国、韓国がいまだに繰り返し日本を糾弾してやまない。
ところが 昨今の日本のマスコミ報道や世論の風潮を聴いていると今までの理解に少し偏りがあるのではないかと思うようになりました。いくつか 理解とはかけ離れた事実があります。
@パールハーバーの仕返しとしての米軍の原爆投下。でも 広島で亡くなった方は、20万人以上、長崎も同様。パールハーバーで亡くなった方は軍人3千人。リメンバーパールハーバーの仕返しとしては桁が違いすぎる。たとえば、私が 広島でこの目で見た8月9日の原爆投下命令文書には、First Targetは KOKURAでありNAGASAKIは Second Targetとの記載があった。長崎は、小倉の当日朝の天候の都合で惨禍を受けた。広島・長崎に原爆投下をする必然性はなかったのでないか。実際 原爆投下候補地は、ころころ変っており、京都、新潟、小倉、広島、長崎が候補地として最期の方まで検討対象であった。(最終的な命令書には、ここから京都が外されている。)米国では、いまだに 「原爆投下は日本を降伏させるのに必要であった」という理解が一般的だが、本当の狙いは何だったのだろう。
A有名なノルマンディー上陸作戦は、100万人の連合国軍が、ヨーロッパに攻めこんでいく。沖縄は、50万人の米軍、どちらもすごい数字ではあるが、沖縄戦は一方的ななぶり殺しに近い。アメリカは、捕虜を本当に丁寧に扱ったのか。日本軍は、「生きて虜囚の辱めを受けず」の戦陣訓があり本当に死を選んでいたのか。リンドバーグの米兵の太平洋戦争における残忍さを描いた手記もあるが・・・。
B大東亜会議というのが 1943年11月東京で開催されている。世界の中で人種差別が厳しい折、世界で初めての有色人種によるサミットである。この内容についてはあまり日本人は知らない。その後 アジア各国の独立を勝ち取った首脳がこの時 一同に東京に会しているが・・。
アジアの戦争は、日本の侵略戦争だったのか、白人からの自立を促し大東亜共栄圏を築くことが目的だったのか。アメリカ西海岸に移民していた日本人 10万人以上を強制収容所に送り込んだアメリカ。「自由、平等」のための戦いであるとしていた米国にも明らかに人種差別という矛盾のある政策を行っていた事実がある。当時の「自由、平等」は、白人のみに適応する概念だったのか。
C1945年8月9日、突然日本との中立条約をやぶりソビエト軍が満州に攻め入り、日本の領土占有や戦犯の処罰、捕虜抑留を行う。これって、なんなの。許される行為なのだろうか。火事場泥棒もはなはだしいし、その結果の北方領土占有は法的に有効なのか。宣戦布告もない一方的な条約破棄による進軍はこれこそ侵略ではないのか。私の叔父は、シベリアに抑留され 帰国後すぐに亡くなったと聞いている。
D中国は、日本や諸外国に侵略されっぱなしの、可哀そうな弱小国だったイメージがある。しかし、太平洋戦争後は、国共軍は再び内戦を再開し、なおかつ勝った共産軍は、1950年以降朝鮮戦争に加担する。その後中国は核も保有する。これってなんなのって感じがする。本当に中国軍は弱い国だったのだろうか。朝鮮戦争時、国連軍司令官マッカーサーは、中国(旧満州)への原爆投下まで考える。(この進言により彼はトルーマンにより更迭されるが・・)日本とドイツを壊滅させた連合国は、戦争が終わるや否や、すぐに冷戦と呼ばれる次の対立構図へつきすすむ。アジアでは、日本が死守しようとしていた地域に、共産軍が侵入し、アメリカは太平洋戦争後も、朝鮮戦争、べトナム戦争と大きな戦争を続ける。そして負ける。アジアのパワーバランスは、不安定なまま冷戦崩壊を迎える。
E東京、大阪などへの空襲は、一晩で10万人近くが亡くなっている。明らかにこの空襲は、一般民衆への殺意をもって行われている。多くの人を殺すため焼夷弾を多用している。これは、原爆投下とともに、許される行為なのか。日本も、上海に無差別空襲を行っている、でも上記の空襲は、これとは比較にならない大規模なものである。東京裁判やBC級裁判では、「人道に反する罪」で多くの日本人が処刑されている。こえって法的根拠もない裁判すなわちリンチなのか。
Fモンロー主義のアメリカを軍事大国にしたのは、日本軍によるパールハーバー奇襲だとされる。本当にそうなのか。検証されるべき時代に来ている。

 
 冷戦終結後も戦争をやめないアメリカ。金銭面でそれに加担する日本。イラクにはついに海外派兵まで行ってしまった。ヨーロッパの迷い。第2次大戦の余波はまだまだ世界を覆っているように思う。ヨーロッパ戦線での最高司令官であったアイゼンハワー元米大統領が、離任するときに有名な「米国の産軍複合体の脅威」を国民に訴えている。しかし その後も アメリカの軍需産業は拡大を続け、現在のスパーパワーの地位を得る。今後 これらの不思議を少しずつ解き明かしていきたいと思います。
posted by Kogame3 at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史認識

2012年10月10日

自転車D

San JoseとSan Franciscoの間に Half Moon Bayとういう砂浜の美しい海岸線がある。小太りが気になる私は、車に自転車をくくりつけひとっ走りして、この海岸線をサイクリングすることにした。毎回20Mileでくたばるのだが、初秋の海の心地よさについつい走りすぎる。
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ハローウィンの時期も近いので、畑ではかぼちゃの取入れが忙しそうだ。なんでも Half Moonかぼちゃコンテストなるものがあり、最大で700Kgfの重さのかぼちゃが取れるそうだ。それししてもこの畑、少しとれすぎではなかろうか。
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余談はともかく 海岸線をひた走ると遠くの岬にレーダーサイトらしきものが見える。日本人なら 近くで見てみたい。
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近づくとこいつかなり大きい。

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アメリカ空軍のだから入ってはダメと書いてある。機関銃で撃たれてはかなわんので一目散に逃げる。(なんで?)
Half Moon Bayの北端には、飛行場がある。ここでもまた驚かされた。なんと 第2次大戦中の主力戦闘機 ノースアメリカン製P-51Dマスタングがまさに飛ばんとしているではないか。70年も前の飛行機が動態保存されていることに驚いた。こいつは、ノルマンディー作戦の主役戦闘機だったそうだ。(どこか メッサーシュミットにも似ている。)その向こうに見えるのは2人乗りの練習機だろうか。

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ゼロ戦もきっとどこかに格納されているはずだ・・・。そんな予感がした。

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そんなこんなで、夕暮れとなった。よく考えると 太平洋に沈む夕日は見たことがなかった。日本では見られない景色かもしれない。

話は 全く変わるが、最近 日本とアメリカはなぜ戦争をしたのか。戦後私たちが教えられてきた戦前、戦中の歴史について、TVやインターネットでよく見聞きし、深く考えるときがある。昨今の 中国 韓国との領土騒動もあり、日本の世論の右傾化の影響もあろうが、近代史に異論を唱える有名人も増えてきた。この先、少しずつ、私が不思議だとかびっくり驚いたとか・・・そんな近代史を少しづつ記載していきたい。
日本人がアメリカで考える 日米近代史である。

今日は 太平洋戦争における戦死者の数について。
日本の第2次大戦での戦死者は 民間人入れて310万人、内 太平洋戦争での、軍人戦死者は、165万人(中国戦線で50万人以上亡くなっているので第2次大戦での日本軍人戦死者は210万人以上。)対するアメリカの軍人戦死者は9万3000人である。なんと日米の戦死者の差は軍人だけで18倍もある。(ちなみに ヨーロッパ戦線での米軍の戦死者は、30万人とされている。)当時の日米の工業力と反比例している。数字の上からだけ見ると、アメリカにとって太平洋戦争は、現代の湾岸戦争に近いような圧倒的な戦力の差が前提での戦であったと言えよう。また 当時の日本の指導者たちがこの国力の差を知らないはずはない。では なぜこの無謀な戦争を始めたのだろうか。勝つことを望めない戦争をなぜ始めたのだろうか。戦争反対の立場であった山本五十六が「一年半なら、太平洋で大暴れし、そして日本に有利な講和条約を結ぼう」と述べたとされているが・・・。
と、今日はこのぐらいで。

posted by Kogame3 at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記