2012年04月30日

自転車B

いよいよ 自転車の季節がやってきたので、うちの手作り自転車のフレッシュに取り組んだ。もう この自転車も 4年ほどになるので、タイヤとチューブを新品に入れ替えてやることにした。アパートのベランダで作業開始。工具は 日本から大量に持ち込んでいるので安心である。
IMG_3151_800.jpg

IMG_3147_800.jpg

久しぶりの作業で 何度もチューブをパンクさせながら3度目で成功。ところが タイヤの幅を28mmから32mmに増やしたためフレームと干渉してしまうことが発覚。急遽 カーボンファイバー製のフレームをやすりで削りだし、何とかおさめた。こんなことして強度的にいいのか わからないが所詮手作り自転車、自由に加工します。

IMG_3157_800.jpg
試走は いつものSanta Cruzの海岸道路。今日は 炎天下なのに北からの風が冷たくって妙な天気である。Santa Cruzを境にそれより北は冷たい海流のせいで極端に気温が下がる。サンフランシスコが霧で有名なのもこのためである。タイヤを太くした分のりごこちもよくなり大満足です。

 IMG_3159_800.jpg
これ カイトサーフィンというらしいが、風が強いので皆さん楽しそうでした。普通のサーフィンより長く滑っていられるようでした。

IMG_3171_800.jpg
カリフォルニアはオープンカーが似合いますね。年配の方が古いオープンカーで走っておられるのを何度も見ました。
posted by Kogame3 at 11:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2012年04月28日

自転車A

 サイクリングのいいところは、次の日筋肉痛にならないこと、しんどかったらゆっくり走ってこがなくてもいいこと、そしてなによりも 目的地まで自転車を車に積んで行き、景色のいいところだけをつまみ食いできることだろう。私の体重の20倍の自動車で、遠くまで行き、私の体重の10分の1の自転車でその先を走る。4月の陽気に誘われまた 西海岸はモントレー海岸を走った。
IMG_3065_800.jpg
東岸よりモントレーの街を望む
IMG_3079_800.jpg
雄大な景色が続くモントレー湾
IMG_3068_800.jpg
海岸線は数十キロにわたって自転車道路が整備させていた。
IMG_3088_800.jpg
メキシカンな雰囲気の海沿いのホテル
IMG_3111_800.jpg
このピンクの花は何だろう。非常に美しい。
IMG_3105_800.jpg
モデルさんが撮影されていた。
IMG_3136_800.jpg
モントレー東岸の砂丘にある射撃訓練場。ここは何かの格納庫のようだ。
IMG_3144_800.jpg
こんなきれいなところで射撃軍事演習が行われていた。第二次世界大戦から湾岸戦争まで使われていたようだ。ひょんなところに戦争の記憶が存在する。
 すこし前まで寒くってふるえていたのに今日はもう海水浴である。日本より格段に日々の温度差は激しいし 地域による温度差も激しいように感じる。そんな環境で人々は生活を最大限に謳歌しているように思える。
posted by Kogame3 at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年04月02日

アメリカの旅〜Oakland〜

 太平洋戦争が終わって67年が経つ。なんで 日本があのような戦争を始めたのか子供の頃は本当に不思議だった。なにより不思議だったのは、最終的に人間が物事を決めるのに殺し合いの手段しか持っていないというところである。人の命に勝る価値はないとしながらもそれ以下の価値のために人は戦争で物事を決めている。そのことが子供ながらに理解不能であった。そして その不思議は私を戦争史おたくへと導いていく。現在もこの不思議は私の中で完全に払しょくされていない。
 今回の旅は、近場のオークランド港に博物館となって展示されている空母「ホーネット」である。最近はカリフォルニアも異常気象で寒さと雨続きで家にこもりがちであったが、4月の声を聴くと澄み渡った青空が戻ってきた。
IMG_2823_800.jpg

IMG_2828_800.jpg

戦争は嫌いだがこういうすごいもの見るのは大好きだ。
IMG_2835_800.jpg
船内には歴戦の勇士が所狭しと展示してある。

IMG_2834_800.jpg

太平洋戦争中は、多くの日本軍との戦いに参加し戦果をあげた・・らしい。ホーネットという名前の空母は何代もわたって襲名しているのでよくわからないが・・。
IMG_2922_800.jpg
真珠湾攻撃の翌春にはB-25をたくさん積んで日本を初空襲したらしい。でもそのあと太平洋で撃沈されている。新しく襲名したホーネット(本艦)はその後も太平洋戦争やベトナム戦争で戦果をあげて、1969年にあのアポロ11号の乗組員を回収してまた有名になる。そして翌年に退役する。
IMG_2849_800.jpg

IMG_2898_800.jpg

甲板にでると トップガンで有名なF-14(トムキャット)がさりげなく置いてあった。遠くに見えるのはサンフランシスコの市街。指令室より撮影した。
IMG_2888_800.jpg
発進用のカタパルト。50mぐらいの長さで重い飛行機を打ち出す。
IMG_2905_800.jpg
最上階の指令室。キャプテンは さぞかし 気持ちええやろうなとか思ってしまう。(お前戦争きらいとちゃうんかい!)
説明員のおじさんは 退役軍人でこのホーネットに乗っていたらしい。
IMG_2969_800.jpg
帰りは サンフランシスコに戻りフィッシャーマンズワーフでクラムチャウダーをすすりながら潜水艦を見学。こいつも太平洋で大暴れしたらしい。遠くに見える島があのアルカトラス島。
IMG_2965_800.jpg
こうしてみると、アメリカにとって 太平洋戦争は一つの通過点でありその後も軍拡に走り今日のスパーパワーとなったことがわかる。それに 火をつけてしまったのが真珠湾攻撃ということだが、長い目で見るとほんとうにそうなのかは疑問が残る。真珠湾がなくてもアメリカのモンロー主義はいつかは崩れていたであろうし、その後も絶え間なく続く世界の戦火は避けられなかったようにも思う。
posted by Kogame3 at 12:03| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史認識